《白いスイートピー》ヘレン・シャルフベック

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ヘレン・シャルフベック
フィンランドの女流画家

最初は名前も知らなくて、
ポスターだけ見てもあまり心惹かれなくて一度は見送ったものの、
近しき芸術愛好者達が口を揃えてその作品を賞賛していたものだから、
見逃したことに後ろ髪引かれる思いで過ごしていたら、
巡り巡って葉山で展覧会が開催されるということを知って、
平日に有給休暇を取って出掛けたのでした
冬の日に 湘南新宿ラインに乗って 

その美しい画家は
幼少の頃から足が不自由で、
二度の失恋をして、
生涯で一度も伴侶を得ることもなく、

こう連ねると悲劇のヒロインのような聞こえがするけれど、
(たしかに二度目の失恋を経て描かれた自画像などは、Cold songを唄うクラウス・ノミを彷彿とさせるホラーな形相で...)
悲劇のまま終わらなかったのは、芸術が彼女を裏切らなかったからでしょう

ホイッスラーやマネに影響を受けた初期の写実的な作品に始まり、中盤にかけては、画家の個性に磨きがかかるにつれ画風が抽象的になってゆくさまが面白く、ベラスケス、エル・グレコといった土壌違いのスペイン絵画にインスパイアされた作品も味わい深く(それは北欧の風土で育ったトマト、みたいな)、過去に描いた絵を今の感性をもって描き直すという"再解釈"の試みには、自分のスタイルをどこまでも真摯に求める姿勢が感じられ、ほの昏い晩年期の作品は、自らの孤独な顛末をしかと受け止めているようにも見えた

素晴らしかったのは、神奈川県立近代美術館の広々としていて心地よい静けさのただようハコの中に、作品がただ一つの過不足もなくぴったりときれいに収まっていたこと
特に、最初の展示室を見終わって、ぐるりと全体を俯瞰した時の、均整のとれた配置のバランスの美しさといったら ため息もので

さて、その中でひとつだけ作品を選ぶとしたら
私はこのスイートピーの絵がいい 

《白いスイートピー

ちょうど葉山に行くと決めた時にたまたま横光利一の「春は馬車に乗って」という葉山を舞台とする短篇を読んだ
その物語は、岬を廻ってスイートピーが主人公の元に届けられて印象的な結末を迎えるのだけれど、私は、"馬車に乗って、海の岸を真っ先きに春を捲き捲きやって来た"そのスイートピーの花の色は、赤でもピンクでも黄色でもなく白だったんじゃないかと漠然と思っていて、
そして葉山の地でこの絵に出会って、ああやっぱりそうだったんだ、と確信した

ティッシュみたいにぺらっとした花びらは、儚さだとか可憐さだとかをそっと削ぎ落とすように抽象的に描かれていて、全体的に渋みがかっていて、媚びている感じがしないから、この絵に惹かれるのかもしれない

少し灰色がかった空と海と穏やかな凪とまったりとした時の流れが、北欧からやってきた絵画と見事に調和していた、
冬の終わりの静かな葉山の日に

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